軽井沢の森を守るために

  1. 01. 「ニホンリスのメロウ®」のキャラクターをよろしく!

    樹上性のいきものであるニホンリスは、豊かな森のシンボルです。
    豊かな森が多いと、それだけ、メロウたちニホンリスやほかの野生のいきものが元気に暮らせるということです。
    そしてわたしたち人間の暮らしも守られます。

    このメロウのキャラクターを目にしたら、
    どうか森の中に息づくかわいいいのちに思いを馳せてみてください。
    少しでもいいので、森の大切さについて考えてみてください。

    よろしくお願いいたします。

  2. 02. クマの事情その1:子グマのプリンセス

    ピッキオはクマの保護管理活動の一環として1999年から放獣(*)を行っている。
    現在に至るまでに捕獲したクマの数は96頭、放獣して追跡したのが86頭というからすごいものだ。
    だが、放獣をしたからといってそのクマが助かるというものでもない。
    その後も何度か人里へ下りてきて問題行動を繰り返すクマは、町からの要請を受けて駆除しなければならない。いずれの場合も、人間の都合優先である。だが、クマにだって都合があるだろうに……。そのつどピッキオは、人間とクマとの間に立って、苦渋の選択をすることになる。
    「駆除したクマの数はこの15年間で26頭に上りますが、それらのクマのことはすべて、1頭1頭、はっきりと覚えています」と、ピッキオの田中純平さんはいう。
    その純平さんから、中でも忘れ得ぬクマの話をきいた。
    今回から「クマの事情」と題して、連載で、そのうちの何頭かのクマのエピソードを綴っていくことにする。

    「子グマのプリンセス」
    プリンセスが捕獲されたのは2008年6月23日のこと。南軽井沢のプリンスのスキー場の南側、バイパスがある辺りで捕獲、というか保護されたそうだ。通報を受けて純平さんたちが駆けつけたところ、まだ生まれて何ヶ月にもならない子グマで女の子だったらしい。
    プリンスエリアで保護された女の子、ということで「プリンセス」と命名したまではよかったのだが、さてそのあと、どうしようか、と、純平さんたちは頭を悩ませた。
    母グマの影もなければいる気配もなく、6月に入ってから子グマが1頭だけウロウロしていたという目撃証言から、このプリンセスはみなしごだと判断。こんな赤ん坊がこれから1匹で生きていくのはおそらく難しいだろう。だが、この子がどうなるか見届けたい。そう思った純平さんたちは、発信器をつけてプリンセスを森の中に放してやる。
    だが、それからわずか1週間後に、純平さんたちは、雄グマに食べられて骨だけになったプリンセスの死体を回収することになる。頭骨がきれいに残っていたそうだ。
    軽井沢の別荘地がある森だと、人間との間に軋轢が生じる可能性もあるだろう、ということで、群馬県と軽井沢町の境にある森の中に放したのだが、それが却ってプリンセスの死を早めた結果になってしまったようだった。
    クマの世界では、「雄グマの子殺し」が行われるという。雄グマは自分のDNAを残すためには雌グマと交尾をしなければならない。だが子育て中の雌グマは発情しない。そこでその子グマが邪魔になって、「子殺し」を行うのだ。
    ひょっとしたら、プリンセスも、母グマと一緒にこの子殺しから逃げ回っていたのかもしれない。
    雄グマが子グマを襲おうとしたとき、母グマは自分の命を捨ててでも子グマを守ろうと雄グマに立ち向かっていくこともあるという。プリンセスの母グマがそれで命を落とした可能性も考えられた。
    プリンセスにしてみれば、雄グマの存在は脅威であり、彼らがウロウロする森の中よりも、人間側にいた方が生きのびられる、と思って、プリンスエリアに逃げ込んできたのかもしれなかったのだ。
    人間側にいたら、やがて駆除の対象になる可能性もなきにしもあらずだ。それを考えたうえで、プリンセスを森に返したのだが、それは人間の事情である。
    クマにだってクマの、子グマにだって子グマの事情がある。だがそれを知ったところで、プリンセスを救うことはできたのだろうか。これが野生の世界の厳しさというものなのだろう。

    *放獣…人里に下りてきたクマを捕獲し首に発信器をつけて山に戻し、それ以降のそのクマの行動を追跡・監視すること。

  3. 03. ブレットの死を悼んで

     ピッキオが誇るアジア初のベアドッグ(クマ対策犬)、ブレットが亡くなりました。
     先月の19日のことでした。死因は、急性骨髄性白血病による再生不良性貧血だったそうです。
     まだ9歳……。あと3~4年は現役で活躍しながら、後継のベアドッグの育成に先輩犬として一役買ってでる予定でした。
     ブレットのハンドラーであり、わたしの取材にご協力いただいている田中純平さんからそのことを伺ったのは、先週の金曜日のこと。
     ちょうど、軽井沢における野生動物保護に関して、まずはピッキオの活動からブログに書こう、と思ってその旨を伝えるメールを出した直後のことでした。
     ブレットと早く会って、彼の活躍ぶりも取材したい、と思っていたわたしにとって、この訃報は非常にショッキングなものでした。が、それ以上に、純平さんの心中を思うと、胸をえぐられるような感覚に捉われて、うろたえてしまいました。
     わたし自身、先代の愛犬を失くしたときに、精神を病んでしまうほどの重いペットロスに陥って、何年もの間苦しんだ経験があります。純平さんからブレットの死を知らされたその瞬間、あのときの、あの救いようのない、痛みを伴った深い悲しみやら無念さやら喪失感やらが一挙に押し寄せてくるようで、情けないことに、わたしは彼に何も気の利いた言葉をかけてさしあげることができませんでした。
     そのあと家に帰っても、何だか心がザワザワとして落ち着きません。頭の中で「ブレットが亡くなってしまった」という彼の言葉がぐるぐる回っているのです。
     これからブレットというベアドッグの活動もブログで紹介していきたい、と意気込んでいたわたしです。それが叶わなくなったいま、このわたしにできることは、軽井沢の人とクマが理想的な関係を維持しながら暮らしてける環境を作るために、それこそ全身全霊をかけて9年という犬生を捧げてきた1匹のベアドッグがいたことを、1人でも多くの人々に知ってもらうことしかありません。
     そこで、中丸一沙のブログの「野生動物の保護に関する活動報告」コーナーのオープニングメッセージとして、ここに、ブレットのことを哀悼の意を込めて、少し綴ってみることにしました。

     ピッキオは、軽井沢を拠点に野生動植物の調査研究や保全活動を行いながら、自然の不思議を解き明かすエコツアーや環境教育を行っている専門家集団です。軽井沢が大好きな人ならばこの名前を知らない人はまずいないでしょう。
     そのピッキオにはもうひとつの顔があります。クマの保護管理を主に活動しているNPO法人ピッキオです。
     彼らの活動理念は、“Wild Bears for the Future”。
     この言葉には、「クマは豊かな森の象徴であり、わたしたち人間の社会がより豊かなものになっていくためにも、野生のクマがありのままに生きていける環境を残し、それを認める価値観を大切にして、クマと人間との共存をつづけていきたい」、という熱い思いが込められています。
     軽井沢は周囲をぐるりと山で囲まれていて、町そのものも森であり、鳥獣保護区域も多く、動物がいつ出てきても不思議ではありません。ピッキオは、その軽井沢で、問題クマを苦渋の選択とはいえ駆除しながらも、将来的には、銃を用いるのではなく、何とかクマを人里に近づけないようにする方法はないものか、と、研究や調査をつづけてきました。そして辿りついたのがベアドッグでした。
     ピッキオは、2004年に日本で、いや、アジアで初めて、ベアドッグをアメリカから導入し、育成をはじめました。その第1号がカレリアンベアドッグという種類の、その名も生粋のクマ追い犬、ブレットだったのです。
     ブレットは、アメリカの、いうならばベアドッグのサラブレッド。純平さんがアメリカまで出向き、まだ仔犬だったブレットとペアを組みながらハンドラーとしての高度なトレーニングを受け、その資質ありと認められた者にのみ与えられる、というライセンスを取得して連れてきました。鋭い嗅覚、大きな吠え声、クマを見てもひるまぬ大胆かつ剛毅さを持ち合わせたブレットは、日本のここ軽井沢で、生まれながらにして与えられた「クマを追う」というミッションを見事に忠実に果たしました。
     「クマを追え! ブレット」という本にもその活躍ぶりが描かれているように、このブレットのおかげでクマの発見、追跡、追払いが効率的に行えるようになり、人里へ入ってくる前にクマを森へ帰すことができるようになりました。
     純平さんはいいます。ブレットとクマを追った回数は438回に上ります、と……。
     クマは、何度か人里へ入ってくると問題クマというレッテルを貼られて、実際に悪さをしていなくても、いつ何が起こるかわからないから、と、駆除の対象になってしまいます。純平さんたちは、そういった殺生を何とか減らしたい、と、ブレットと一緒にクマを追い払いつづけてきたのです。
     それこそ1年365日、24時間体制で、ブレットは純平さんとその生活を共にしながら、軽井沢のために働いてくれたのです。その努力の甲斐あって、年々問題クマの数が減っていきました。
     クマの命を奪うことなく、人間とクマとよい関係を保ちながら住み分けができるようになりつつある、この状態が維持できれば人とクマとの明るい未来がやってくる……。ブレットが死んでしまったのは、そう思っていた矢先のことでした。

     ブレットは、4月15日、いつものように野鳥の森の中を純平さんと散歩しようと歩きだしてすぐに立ち止まってしまったそうです。
     非常に低い確率でしか発症しない、という急性骨髄性白血病は、現在の獣医学では手の打ちようがないらしく、通常は早くて2週間、遅くても数カ月で命を落としてしまう病気だということですが、ブレットは、発症からわずか4日後の4月19日、午前1時20分に、純平さんの腕の中で息を引き取ったそうです。
     ブレットはいつでも純平さんだけを見てきました。それは、純平さんの出すコマンドに従うのが彼の最高の喜びだったからです。
    「一緒にいい仕事ができて幸せだったよ」
     わたしは、ブレットが最後にそういいながら天国へ還っていったに違いないと思っています。
     きっと、深々とした緑溢れる軽井沢の美しい森の中を、愛する純平さんと走り回っている情景をまぶたの裏に蘇らせながら……。

    《ご案内》

    町内パトロールや小学校レクチャー同伴などでみんなに親しまれてきたブレット。
    多くの人たちからの要望に応えて、「ブレットのお別れ会」が開催されます。
    生前のブレットの活動を写真や映像で振り返るコーナーも設けられるそうです。

    【日時】6月23日(日)13時~16時 (出入り自由)
    【場所】ピッキオビジターセンター
    (*供花・供物ならびに香典の儀は固くご遠慮願います。)

  4. 04. 野生動物の保護に関する活動報告

    ブログ『Fenêtre Sur La Forêt Vert (緑の森へ至る窓)~いざ、美しき軽井沢の森へ~』でも、彼らが野生動物を守っていくためにどんな思いで、どんな活動をしているか、をタイムリーに伝えていくコーナーを設ける予定です。

  5. 05. 野生動物保護問題

    2013年1月23日、軽井沢で野生動物保護問題(主にツキノワグマ)に取り組んでいるNPO法人「ピッキオ」への取材許可がおりました。約1年かけてじっくりと彼らの活動を追っていこうと思っています。


© 2013-2017 Kazusa Nakamaru

Privacy Policy | Site Map